【3分で分かる世界名作文学】嵐が丘

書評

普段、本を読まない人でも、エミリー・ブロンデの名作「嵐が丘」の名前を聞いたことが無い人は少ないでしょう。

 

米英だけでこれまでに4回映画化されており、フランスや日本でもベースにした映画やテレビドラマが作られ、舞台も何度も上演されています。主人公ヒースクリフを演じる俳優の演技力が最大の見せ場となる作品です。

 

しかしながら、実際に原作を読んだことがある人は少ないのではないでしょうか。

 

というわけで、今日は「3分で分かる!」と題して、原作を紹介します。

 

以下ネタバレを含みますので、結末を知りたくない方はご注意ください。

 

「嵐が丘」あらすじ(ネタバレ含む)

 

物語は、「スラッシュクロス」と呼ばれる屋敷を借りたロックウッド青年と、その近隣にある「嵐が丘」屋敷に長いこと務める女中ディーンによって語られる。

 

昔、「嵐が丘」には、アーンショーとその夫人、二人の子供であるヒンドリーとキャサリンが住んでいた。ある日、アーンショーは外出先から身寄りのない少年を連れて帰る。アーンショーは少年をヒースクリフと名付けて可愛がり、キャサリンも仲良くなるが、ヒンドリーは父親の愛情を奪ったヒースクリフを憎んでいた。やがて、アーンショーが亡くなると、新しく「嵐が丘」の主人になったヒンドリーは、ヒースクリフを下働きにしてしまう。

 

ある日、ヒースクリフとキャサリンは「スラッシュクロス」の住人と出会う。「スラッシュクロス」には、上流階級のリントン一家が住んでいた。キャサリンとヒースクリフは互いに愛し合っていたが、上流階級への憧れを捨てられず、落ちぶれることに恐怖を抱くキャサリンは、リントン家の息子エドガーの求婚を受け、傷ついたヒースクリフは姿を消してしまう。

 

何年か経ち、ヒースクリフはキャサリンが望んでいたような裕福な紳士になって帰ってくる。彼の目的は、自分を下働きにしたヒンドリー、キャサリンを奪ったエドガー、自分を捨てたキャサリンへの復讐にあった。まず、賭博を持ちかけてヒンドリーから「嵐が丘」含むアーンショー家の財産を全て奪い、エドガーの妹イザベラを誘惑して結婚し、虐待した。しかし、キャサリンだけは、姿を見た途端に計画が吹き飛び、エドガーに内緒で逢瀬を重ねるようになる。だが、キャサリンは2人の間で苦しみ、発狂し、ついには亡くなってしまう。エドガーとの娘キャサリン・リントンを忘れ形見に、、、

 

キャサリンを亡くした後、ヒースクリフの憎悪はその子供たちにも向けられた。ヒンドリー亡き後、その息子のヘアトンを、自分がかつてされたように下働きに落とし、キャサリン・リントンは死の床にある父エドガーとの再会を餌に、自分とイザベラの息子リントン・ヒースクリフとの結婚を承知させる。数日後、エドガーは亡くなり、元々病弱だったリントン・ヒースクリフもしばらくして亡くなり、ヒースクリフは遂に自分からキャサリンを奪ったエドガーの全財産を手に入れた。

 

こうして望む形で復讐を果たしたはずのヒースクリフだが、あらゆるものにキャサリンの幻を見るようになり、最後には発狂して亡くなる。後に残されたキャサリン・リントンとヘアトンは仲良くなっており、やがて二人が愛し合って一緒になり、「嵐が丘」も「スラッシュクロス」も彼らの手に戻るであろうことが暗示されて物語は終わる。

 

「嵐が丘」みどころ

 

英米文学の三大悲劇

 

「嵐が丘」は「リア王」「白鯨」と共に、英米文学の三大悲劇とされているそうです。まぁ、三大悲劇の定義は人によって色々だと思いますが、あらすじで見てきたように、かなり救いのない話であることは確かです。

特に、最初から最期まで一貫してキャサリンを追い求め続け、死後もあらゆるものにキャサリンの幻を見るヒースクリフの絶望の深さは悲しくも印象的です。

 

一方で、キャサリン・リントンとヘアトンにキャサリンの面影を見てヒースクリフが呆然としてしまう場面は、悪魔的な性格と言われるヒースクリフの唯一と言っても良い人間的な性格が表れた場面ですし、死後何年経ってもキャサリンを愛し続けるヒースクリフの一途さの象徴でもあります。

 

また、親の分を復讐されるかのような扱いを受けてきたヘアトンが、ヒースクリフの死を本気で悲しんだり、キャサリン・リントンとヘアトンの明るい未来を暗示させる最後で終わっているところなど、物語として最後の救いを見出すことができます。

 

実際、私個人としてはこの物語の読後感は、ぽっかりとした心の穴を感じながらも、比較的爽快でした。

 

発表当時の評価は不評だった

 

「嵐が丘」は発表当時、複雑な構成が不評であり、評価されなかったと言われています。

「アーンショー家」「リントン家」で三代にわたって繰り広げられる物語は、現代の小説の基準ではそれほど複雑ではないと思うのですが、発表当時(1847年刊行)は厳しい評価だったそうです。

 

また、メインの語り手である女中ディーンが、いわゆる「信頼できない語り手」であり、ディーン自身の思い込みや正しくない情報が入ることや、時系列が入り乱れることも、当時の文学の基準からすると不評だったようです。

 

いずれも、現代の感覚からすると、効果的な小説の手法として誰も問題視しないと思いますが、そういう時代もあったんですね。

 

例えば「信頼できない語り手」については、1961年に初めて紹介された考え方ですので、それより100年以上前となると仕方ないのかもしれません。

 

むしろ、100年以上前に、どういう経緯であれ、そのような手法をすでに考案し、用いていた、エミリー・ブロンデの手腕に驚嘆します。

 

日本語タイトルがこの上ない名訳

 

英語の原題は「Wuthering Heights」といい、直訳すると「風吹きすさぶ高台」になります。

これを「嵐が丘」と訳したセンスは本当に素晴らしい。シンプルだけど力強い、ちょっと思いつかない日本語なんじゃないでしょうか。

 

Wikipediaによると、「嵐が丘」と訳したのは、イギリス文学者の斎藤勇氏で、文学界でも「歴史的名訳」とされているそうですが、個人的にも、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督の映画「Pépé le Moko」を「望郷」と訳したのと同じくらい名訳だと思います。

 

昔の文学や映画は、邦題に思いがけない名訳がありますね。

 

現代の感覚で考えると理解できないキャラクター造形

 

私はこの原作を読んだとき、ざっくりとしたあらすじは知っている状態でしたが、細かい筋は知らず、ハラハラしながら夢中になって読み切ってしまいました。

 

という具合に、話としての読ませる力はすごいと思うのですが、一方で、現代の感覚で考えると登場人物がエキセントリック過ぎて誰にも感情移入できないという、小説を読む上ではなかなかに致命的な問題を抱えていると思います。

 

特に、キャサリンは語り手のディーンに何度も「嫌なガキだった」と言われるめんどくさい子供で、金に目がくらんで結婚したものの、昔の男との関係も切れず、それを旦那に対して開き直るというしょうもない性質です。最後は発狂しますが、それすら二人の男のせいにするというところに、性格の問題を感じます。

ヒースクリフは子供の頃から一緒に育った背景があるのと、彼自身にもかなり問題があるので、この二人が惹かれあうのは良いとして、物語中きっての良識派エドガーが、なぜキャサリンを愛したのかが個人的にはこの物語最大の謎です。

 

ヒースクリフは、そもそもこの話は彼の復讐が大部分を占めるので、相当迷惑な性格として描かれており、そのために全く救いのない性格になっています。

彼の頑固・執念深い性格は、裏を返せば、我慢強い・一途ということでもあり、一貫性を持ったキャラであることは間違いありませんが、やっぱり周りの人のためには、この人とキャサリンが一緒になってくれていた方が被害はなかったですね。まぁ、そうなると話が成り立ちませんが、、、

 

残念ながら、作者のエミリー・ブロンデがこの作品の発表直後に早逝してしまったため、この作品に関するコメントや解説はほとんど残されていません。

エミリーの姉シャーロット・ブロンデの「ジェーン・エア」は、作者の子供の頃の寄宿舎での経験などをベースにしていることが分かっています。

「嵐が丘」についても何か語られていたら、面白かったんですが。。。特にヒースクリフにモデルがいたのかどうかなんて話があったら一番面白かったと思うんですが、、、それはそれでモデルとして公表された人には大問題だったかも知れませんが。

 

日本語翻訳は河島弘美の岩波書店版がおススメ

 

「嵐が丘」は、英語が約200年前と古く難しいこともあって、わりと誤訳が話題になる作品です。

 

旧版では1961年刊行の阿部知二による訳が名訳とされているようですが、さすがに今読むと日本語が古すぎて読みにくいのと、そもそもの入手が困難です。

 

近年、新訳が何冊も出ていますが、私がおススメするのは、河島弘美氏による岩波書店版です。

言葉遣いは現代語で分かり易く、変な癖もなく、非常に読みやすい丁寧な翻訳だと思います。

 

原文との比較まではしていませんので、誤訳については不明ですが、読んでいる限りで「ん?」と思うような気になる箇所はありませんでした。

誤訳については、Amazonのコメントで鬼の首を取ったように書きたてる人がたまにいますが、この本についてはそういうこともないようなので、実際、あまり無いのではないかと思います。

 

 

「嵐が丘」まとめ

 

というわけで、「嵐が丘」いかがでしたでしょうか?

 

上述の通り、全く感情移入はできないのですが、不思議とグイグイ読ませる力があり、また、読後感は清涼でありながらも、どこか心がぽっかり空いたような苦しさを拭いきれない感覚でした。

 

やはり名作と言われているものは名作なんだなぁと納得した作品でもあります。

 

是非読んでみてください!

 

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コメント

  1. […] 昨日はエミリー・ブロンデの名作「嵐が丘」を取り上げましたが、今日は、エミリーの姉シャーロットによる「ジェーン・エア」です。 […]

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