【3分で分かる名作漫画】ポーの一族(萩尾望都)

マンガ

昨日までの古典名作「日出処の天子」に続き、今日ご紹介するのは、萩尾望都の「ポーの一族」です。

 

「11人いる!」「バルバラ異界」「残酷な神が支配する」など、名作が多い萩尾望都ですが、私の中では、やはり「ポーの一族」が一番印象深く、一番好きな作品です。

 

早速、見ていきましょう。以下ネタバレを含みますので、結末を知りたくない方はご注意ください。

 

「ポーの一族」あらすじ(ネタバレ含む)

 

森の奥に捨てられた幼いエドガーとメリーベルは、老ハンナ・ポーに拾われて育てられるが、老ハンナとポー家の一族の人々は吸血鬼「バンパネラ」であった。11歳のときに一族の秘密を知ったエドガーは、成人後に一族に加わることを約束させられ、その代わりにメリーベルを巻き添えにしないよう彼女を遠くの町に養女に出させる。

 

エドガーが14歳のとき、正体を村人に見破られた老ハンナは胸に杭を打たれて消滅する。しかし彼女の連れ合いで一族の最も濃い血をもつ大老(キング)ポーは、いやがるエドガーを無理やり一族に加え、エドガーは永遠に少年のままとなってしまう。

 

3年後、13歳になったメリーベルはバンパネラのエドガーと再会し、自ら一族に加わることを望む。それから2人は一族のポーツネル男爵とその妻シーラを養父母として100年以上の時を過ごすが、4人の正体を知った医師によりメリーベルとシーラが消滅させられ、ポーツネル男爵も消滅してしまう。

 

最愛の妹を失い一人になったエドガーは、新たにアランを一族に加え、以後2人で100年近くの時を過ごすことになるが、やがてそんな二人にも別れの時が訪れる―――――。

 

「ポーの一族」みどころ

 

少女漫画史上に残る格の違う名作

 

この作品は40年以上前に描かれ、未だに読み継がれているだけあって、格の違う名作と言っても過言ではありません。

全編通して漂う哀愁ある詩がたまりません。全編通して詩があり、ドラマがあり、そして、誰にも真似できない雰囲気があります。

 

私の貧困な語彙力ではこの作品のすばらしさを語りつくすことは出来ないのですが、なんともノスタルジックな世界観は、エドガーの孤独を知りながら、どうあがいてもあちらに行くことはできない切なさと相まって、儚い美しさを奏でます。

 

私自身、かなりの数の少女漫画を読んできたと思いますが、漫画という表現方法の中で、これだけ美しい詩を奏でている作品は他になく、少女漫画史上に残る作品であることは間違いありません。

 

エドガーの孤独

 

主人公のエドガーは、生い立ちも、その後置かれた状況も、孤独と隣り合わせですが、その状況に過度に悲嘆するでも諦観するでもなく、一見淡々とした風を装っています

 

エドガーは、恐らく4歳ころに妹のメリーベルと共に捨てられており、両親の記憶はありません。まだバンパネラになる前のシーラに出会い、母の面影を求めるなど、記憶にない母の存在は彼の心に影を落としています。

 

唯一血のつながった妹メリーベルは、彼女を守るために自分の住むポーの村から遠ざけ何年も離れて暮らすなど、家族に縁のない子供時代を過ごしています。

 

その後、再会したメリーベルをバンパネラの仲間に加え、ポーツネル男爵、妻シーラ、メリーベルと一緒に家族ごっこと言ってもいいような生活を共にしてきますが、エドガーが気にかけていたのは妹のメリーベルだけでした。結局その家族ごっこも、バンパネラの正体に気づかれ、エドガーを残して全員が消されてしまいます。

エドガーは最愛の妹さえ失い、また一人になってしまったのでした。「ぼくは自由、この世でただひとり、もうメリーベルをまもるために生きる必要もない」という言葉が、エドガーの孤独を感じさせます。

 

その後、アランを仲間に加え一緒に生きることになりますが、永遠に少年である彼らは一か所に留まることもできず、二人きりの旅を続けます。

エドガーがアランを仲間に加えたときの「きみもおいでよ ひとりではさびしすぎる」という一言が心に刺さります。

 

結局、アランは、自分はエドガーにとってメリーベルの替わりに過ぎないという想いから逃れることはできず、エドガーはそんなアランの葛藤をくみ取ることができず、意地とやるせなさからすれ違いとなり、アランは消滅してしまいます。

この旧作最後の場面はなんとも取れる描かれ方をしており、エドガーも旧作内ではその後のページに出てこず、「帰ろう 遠い過去へ もう明日へは行かない」というメッセージを挟むため、エドガーも消滅したのではないかと読者に思わせる描き方になっていますが、最新作『ユニコーン』では2016年にエドガーが登場しており、アラン消滅後も生きていたことが分かります。

 

旧作最終話『エディス』では、『ホームズの帽子』に出てきたオービンが、白髪の老人になって出てきており、「わたしのことなぞ忘れたろうね」というオービンに対し、42年前と同じ容姿のエドガーが「おぼえているよ 魔法使い」と返す、というなんとも象徴的な場面があります。

オービンは、齢をとり、やがて死んでいく人間であり、永遠の少年エドガーとは決して交わらないながらも、そんな少年に惹きつけられて止まない全ての読者を代弁しています。

 

一見、クールに見えるエドガーが、ふとしたときに発露する孤独の情感が、この上なく美しい詩となって読者の心を抉るのです。

 

40年ぶりの新作!

 

「ポーの一族」は1972年3月から1976年6月にかけて「別冊少女コミック」で連載された、まごう事なき古典ですが、なんと、2016年に40年ぶりの新作『春の夢』が掲載され、現在も『ユニコーン』が断続的に連載されています。

 

新作ではだいぶ絵が違うので戸惑いましたが、話の内容はおおむね昔通り。旧作の最後で、エドガーがどうなったのか分からない終わり方となっているため、ファンにはたまらない連載再開となりました。

 

私はコミック派なので雑誌では読んでいないのですが、新作『春の夢』発表時の掲載紙「月刊フラワーズ」は、なんと書店で売り切れて重版されたそう。この出版不況の時代に、この古典的名作の固定ファンの多さと底力を見せつけられた出来事でした。

 

なお、私はコミックは発売と同時に購入したのですが、旧作との表紙の絵柄の違いに、旧作で抱いたイメージを壊されるのが嫌で、半年くらい塩漬けにしていました。

 

たしかに絵の激変に戸惑う(というより、「ポーの一族」の絵が、萩尾望都のキャリアではかなり初期の頃のものなのですが)のですが、やはり全編通して漂う悲しい詩は昔通りでした。

 

でも、やっぱり、絵は昔の方が雰囲気にあってたかなぁ。。。

なんなんでしょうね、これ。旧作が好き過ぎて、刷り込みみたいなものなのかも知れません。

 

 

「ポーの一族」まとめ

 

というわけで、萩尾望都の「ポーの一族」いかがでしたでしょうか?

 

今回の記事を書くに辺り、一度読み返しましたが、何度読んでも大好きな作品で、読後は、今もエドガーとアランがどこかにいるに違いないという錯覚に陥ってしまいます。

 

ま、エドガーは実際どこかにいるかも知れません。一度会ってみたいです。。。

 

 

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コメント

  1. […] 昨日の記事では、萩尾望都の名作「ポーの一族」を紹介しました。 […]

  2. […] 本当は、24年組の双璧という流れで、萩尾望都の「ポーの一族」の直後にやりたかったこの作品、巻数が多いので、紹介するのに準備と気合が必要でした。竹宮恵子の「風と木の詩」で […]

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