NETFLIXのオリジナルドラマ『ラスト・ツァーリ ロマノフ家の終焉』を見ました。
史実をベースにしている上に、NETFLIXの歴史ドラマはドキュメンタリー色が濃いので、結末はよく知られているものから驚くようなものではなかったのですが、知らなかったエピソードが盛り込まれていたり、専門家のコメントが入るので結構面白かったです。
見終わって最初に思ったのは、池田理代子の『オルフェウスの窓』が読みたいなーということ。
というわけで、読み返しましたので、備忘録兼ねて感想を書いておこうと思います。
『オルフェウスの窓』あらすじ
レーゲンスブルク、ドイツ最古の司教都市。400年以上続く由緒ある男子校の音楽学校には、“オルフェウスの窓”と呼ばれる場所があった。そして、その窓には悲劇的な恋をもたらすという伝説があった…。運命の窓でユリウスとイザーク、ユリウスとクラウスはそれぞれ出会う。華麗なる青春と歴史の感動巨編
(Amazon作品紹介より)
1巻のあらすじは上記の通りなのですが、この漫画、全18巻あり、舞台もドイツのレーゲンスブルク、ウィーン、サンクト・ペテルブルク、レーゲンスブルクと目まぐるしく変わるので、18巻としても内容も濃く、ロシア革命の話なども入ってくるので、非常に壮大な話となっています。
第一部は1~7巻が該当し、レーゲンスブルクにある音楽学校が舞台になっています。ここで出会った3人、ユリウス、イザーク、クラウスの青春群像が描かれ、最終的にそれぞれが旅立つまでの話です。
第二部は8~10巻で、3人のうちの一人、イザークがピアノの才能を認められ、ウィーンの音楽院に転校し、そこで音楽家として華々しい道を歩みながらも苦悩する様が描かれます。
第三部は11~17巻で、舞台をロシアに移し、クラウス、彼を追ってロシアに来たユリウスと、ロシア陸軍幹部ユスーポフ候を中心として悲恋にロシア革命を絡めて描かれます。
第四部は18巻でエピローグで、レーゲンスブルクでのその後が描かれます。
『オルフェウスの窓』みどころ
史実と架空のドラマのバランスが良く、人間ドラマがめちゃくちゃ面白い
池田理代子と言えば、どうしてもまず『ベルサイユのばら』が浮かんでしまいます。
少女漫画と言えば、普通の女の子(普通という設定になっているが絵面で見ると十分顔はかわいい)がカッコいい男の子とくっつくかくっつかないかのドキドキを描いたほんわかした恋愛物が全盛だった時代に、今ではもはやテンプレの一つとなった男装の麗人というキャラを生み出し、歴史物は当たらないと言われた時代に、フランス革命をベースに架空のキャラを動かし、史実とオリジナルストーリーを融合させて少女漫画として成立させた最初の作品でもある『ベルサイユのばら』の功績はやはり無視できません。
一方で、当時の風潮から実験的作品の側面もあり、制約も大きかったであろう『ベルサイユのばら』に比べると、『ベルサイユのばら』の成功のおかげで作者の自由度が上がったと思われる『オルフェウスの窓』は、物語のスケール、作品としての完成度が格段に上です。
単純に作者の画力が上がっている、という点もあります。
更に、この物語にはミステリー的要素もあります。
あまり書くとネタバレになってしまうので詳細は省きますが、スパイは誰か?という点から起こった事件が、ある主要な登場人物を復讐に駆り立て、ユリウスの家族に悲劇をもたらすことになります。
また、この話は第二部には全く、第三部では皇帝が口にするまで出てこないので、ほぼ忘れていると、第四部になって、皇女アナスタシア伝説と絡めて突然本筋になるなど、最初からよく練られ、よく張られた伏線となっています。
※皇女アナスタシア伝説…ロシア革命時に銃殺された皇帝一家のうち、第四皇女アナスタシアのみ生き残ったとして、名乗り出る女性が複数いた事件。作品中では、一番有名なアンナ・アンダーソンの話をモチーフにしていると思われる
歴史オタク・クラシック音楽オタクにはたまらん展開
本作品はそもそも史実をベースにしているので、歴史オタクにはたまらん展開が複数あります。
第一部は音楽学校がベースなので、歴史上の話はあまり本編に絡んでは出てきませんが、それでも日露戦争に関する言及があったり、ロシア皇室に関する言及があったりします。
歴史ドラマはあまりありませんが、人間ドラマ、ミステリーとして一番面白いのは第一部だと思います。
第二部は舞台がウィーンであり、後半は第一次世界大戦になるため、サラエボ事件に始まり、戦後までの話がオーストリア=ハンガリー帝国の話として出てきます。
物語に史実が一番絡まるのが第三部で、帝政末期のロシアで、クラウスはボリシェビキ側にユリウスはロシア側に身を置いて、話が進んでいくため、ロシア崩壊と革命の様子が物語に関わってきます。
ロシアの皇帝一家の描写はもちろん、革命のきっかけでもあったラスプーチンとその暗殺の模様も物語に関わり、歴史ドラマとして一番読みごたえがあるのは第三部だと思います。
第三部のキーとなる人物として、レオニード・ユスーポフという人が出てきますが、この人は明らかに史実でラスプーチン暗殺を先導したフェリックス・ユスーポフをモデルとした人で、この人が一番歴史オタク心をくすぐります。
なお、史実のユスーポフは革命時にロシアから亡命してパリで生涯を追えますが、本作品のユスーポフはロシア皇帝への忠義心が強く、全く異なる結末を迎えます。
クラシック音楽オタク的には、なんといってもヴィルヘルム・バックハウスです。20世紀最高のピアニストの一人で、伝説とも言っても良い人。そんな人が、第二部で苦悩するイザークに間接的に力を与え、直接的に励ます役として出てきます。
ただ、物語の最後でバックハウスがイザークの息子ユーベルを育てることを申し出ますが、バックハウスは一時期を除きほとんど弟子をとらなかったので、創作とはいえ、このギャップはバックハウス好きには気になります。
他にも、クララはクララ・シューマンをモデルにしてるんじゃないかと思いますが、どうなんでしょうか?
活躍した年代は違いますが、女性でありながら作曲の才能があって、というキャラ付けは、クララ・シューマンがモチーフのように思えます。
そんな感じで、史実や実在の人物との共通点やギャップを探すのはとても楽しいです。
悲劇、悲劇、悲劇
物語のタイトルとなっている「オルフェウスの窓」は、第一部の舞台となったレーゲンスブルクの音楽学校にある古い窓で、「オルフェウスの窓に立った男性が階下を見て時に最初に視界に入った女性と必ず恋に落ちるが、その恋は必ず悲劇に終わる」という伝説があります。
この伝説をモチーフにしている通り、この作品は基本、悲劇の特上詰め合わせです。
本編中ではこの窓を介して出会った三組の男女が出てきますが(正確にはイザーク分も含めると四組ですが、女性側が他と重複するのでカウントしていません)、いずれの恋も悲劇的な最後を迎えています。
また、第一次世界大戦やロシア革命を舞台としている時代背景もあり、その日の暮らしに事欠く庶民側であろうと、体制として崩壊していく王族・貴族側であろうと、生き抜くのに必死な時代で、「オルフェウスの窓」を介さなくても、サブキャラ達がかなりの頻度で悲劇的な最期を迎えます。
正直、登場人物を皆殺しにし過ぎで、この人までこんな目にあわせて殺す必要あるのかー!と叫びたくなる場面が多数あります。
そのくせ、池田理代子の人間の描き方が上手く、「この人は死ぬ前にこんな思いを伝えたかっただろうな」「こんなことを託したかっただろうな」と残された者への想いと生きる希望を残す場面が続き、そうでなければ「死んでしまったけれど幸せだっただろうな」という場面もあり、単純に「悲しい」では終わらせない複雑な感情を抱かせる描写に、号泣が止まりません。
この本を初めて読んだ次の日、目が腫れすぎて目が全く開かない状態で学校に行った記憶があります。みなさんもお気をつけて。。。
ちなみに私は、キャラの中ではダーヴィトが一番好きなので、彼に関しては良かったと思っております。
全然関係ないですが、ダーヴィトって山岸凉子の『妖精王』の井冰鹿に似てると思うんですよね。。。
池田理代子の最後のオリジナル長編少女漫画
作者の池田理代子は本作以降歴史漫画にシフトし、ロシアのエカテリーナ2世を描いた『女帝エカテリーナ』やナポレオンを描いた『エロイカ』などの大作歴史漫画を多く生み出しますが、以降の作品は短編を除けばオリジナル要素が少なくなり、歴史漫画家としての地位を確立していきます。
『ベルサイユのばら』も『オルフェウスの窓』もオリジナル要素が面白かったので、個人的には歴史をベースにしたもっとオリジナル要素の濃い少女漫画を読みたかった感はありますが、最近の作者の動向を見ていると、今後、この2作を凌ぐ作品が生まれることはなさそうです。
という意味で、個人的には『オルフェウスの窓』は池田理代子の最高傑作として挙げておきます。
まとめ
池田理代子の『オルフェウスの窓』、いかがでしたでしょうか?
この時代の漫画家さんの作品て、特に歴史物だと壮大なスケールの割にコンパクトにまとまっていて、読み応え十分です。
実際、読んでみると18巻とは思えないボリュームですので、まだ読んだことない人にはおススメですので是非読んでみてください。
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