日本のハンコ文化から抱く違和感

雑記

昨日の銀行のガラパゴス化でも触れましたが、偽造しやすいハンコが、日本の銀行で必須アイテムになる理由が私には分かりません。

 

しかも、日本では、銀行だけでなく、各所でハンコが必要になります。

 

今日はその背景について探ってみたいと思います。

 

そもそもハンコって何?

 

東アジアのハンコ文化の発祥は中国です。

 

三国志で、袁術が手にしたが故に皇帝を僭称したとされる伝国璽は、始皇帝が皇帝専用の璽として刻ませたもので、これを持つ者が天子・皇帝とされてきました。

古代中国のハンコは、一番上は帝権の象徴であり、一般的には公文書の印でした。

 

ハンコは元々、中国、日本、台湾、韓国で使われていましたが、現代まで使われているのは日本だけだそうです。

 

日本で最古のハンコと言われるのは「漢委奴国王印」の金印で、社会の教科書を写真を見たことがある人も多いと思います。

このハンコについては、出土状態が不明であり、いつの時代のものかについては諸説あり、現在も明らかになっていません。

 

日本では、700年頃、公的文書であることを示す印として官印が導入され、その文化背景が今日まで続いています。1300年もの歴史があるってすごいですね。

 

なぜ日本ではハンコがあちこちで必要になるのか

 

これは一言で言ってしまえば、法律にそう書いてあるから、ということになりそうです。

 

私も全部の法律文書を確認したわけではありませんが、各種法律が「押印の必要性」を規定しており、それを全て変更するには大量の法改正が必要になるそうです。

 

そんなもん、「署名や電子署名を押印の代替として認める」というような法律作って上書きすればいいんじゃないかと素人的には思いますが、融通が利かないのが役所の最大の差別化要素ですので、この点は仕方ありません。

 

日本で使われるハンコの種類

 

一口にハンコと言っても、日本で一般的に必要になるハンコは3種類あります。

 

  • 認印 ― 日常的に使われ、荷物の受け取りやその他の場面で署名と共に使われる。法的意味合いはあまりない
  • 銀行印 - 銀行口座を開くときに届け出る印鑑。便宜上分けているが、実際は認印や実印と同じでも構わない
  • 実印 - 住民票をおいている市町村の役所で登録し、印鑑登録証明は本人であることを証明する。契約書などの法的な書類作成に必要。

 

この後一つ一つ見ていきます。

 

認印と銀行印ていらんでしょ

 

私がすぐにでもなくなって欲しいと思っているのは、認印と銀行印です。

 

認印を一番頻繁に使うのは、宅配便の受け取りと、会社に提出する書類への押印かと思います。

 

宅配便については、最近はもうサインで良いと言ってくれるので、基本、私はサインにしています。法的意味はほぼないと言われている中、いらんでしょ、この押印。

 

会社については、まだちょいちょい必要になることがあります。

ハンコが必要な理由を会社の担当者に聞いたところ、「本人の意思表示の確認のため」だそうです。

 

本人が目の前で同意して署名までしているのに、なぜ本人のハンコの方がそれより上位に位置づけられるのか、私には全く意味が分かりませんが、この点は会社の問題なので、闘って改善しようという、そこまでの忠誠心は会社に対してないので、これ以上つっこみません。

 

銀行印についても基本不要だと思っています。

 

昨今、インターネットバンキングでお金を移動することもできるようになったこの現代で、インターネット上の本人認証は様々な手段のパスワードです。

 

正直、かなりセキュリティを極めた現代のパスワードの仕組みと、偽造も簡単にできるハンコが同列に扱われるのが納得いきません。

 

2重3重のOTP(ワンタイムパスワード)やパスコードカードなど、各種技術を駆使してセキュリティを高め、それでもまだリスクがあると言われる現代において、物理的に持ち出されたらおしまい、押印から復元すれば偽造も簡単にできるハンコのどこにセキュリティ上の優位があるのでしょうか。

 

そもそも、ハンコの利便性は、本人に代わって手続きが出来るという点が挙げられますが、本人に代わって手続きができる時点で、セキュリティ上ザルだと思うんですが、どうなんでしょうか。

 

平日昼間に時間がないから妻に行ってもらった方がという人もいるかと思いますが、そんなことを言う企業戦士+専業主婦の世代は恐らくほとんど今では引退していて、自分で銀行行く時間がある、むしろ誰かと話したいから積極的に行きたい、という人が多いと思いますが、どうなんでしょうか。

 

その下の世代はだいたいインターネットバンキング使いこなせると思うので、自分でできると思います。

 

実印もいらんと思う

 

実印は個人的にはあまり使う機会はありませんが、ハンコ自身がどうこうというより、ハンコに対して、法律で裏打ちされた信用性が鍵だと思われるので、これもなくせるんじゃないの?と思っています。

 

欧米では契約の際に必ず公証人が出てきて、第三者として署名を保証するのに対し、実印は公証人に変わって地方自治体が印鑑を保証してくれるものだ、という説明も読んだことがありますが、これも印鑑をなくしたくない人たちの強引な理論に思えます。

 

アメリカの公証人は確かに署名を保証する以上の機能はほぼ持ちませんが、例えばフランスの公証人は不動産購入の際に物件の調査や登記手続きをするなど、どちらかと言えば、日本で言う司法書士のような機能を有しています。

 

不動産を購入するなら、確かにそこまでやって欲しいですが、日本ではそもそも司法書士がやってくれるんだから、署名の保証もそこでしてもらうとか、何かやりようがあるんじゃない?と思います。

 

ビジネスの契約においては、少なくとも私がいたアジアでは、会社間契約に公証人が出てきたことは一度もありません。二者間でサインをしてそれで終わりです。

 

このような会社間契約のサインで困ったのは、サインする人がオフィスを長期に不在にしている場合くらいですが、そのために支払いなどは経理のトップが全て代理署名できるように決められていたり、本人の署名はe-sigunatureを使ったりと、いくらでもやりようはありました。

 

そんなこんなで、いくらでもやれると思うのですが、やる方策を考えるのではなく、やらない言い訳を聞かされているだけの気がします。

 

ハンコ業界の驚くべき言い分と未来

 

最近の政府の検討状況によると、本人確認の簡素化や押印廃止のガイドラインが出るなど、一応、色々考えられてはいるようです。

 

どう考えても昨今のデジタル化社会はハンコがなじむものではなく、廃れていくものでしょう。

 

今回、なぜ、日本ではこんなにハンコが必要なのかを調べていたとき、「ハンコをなくしたら、印鑑業界がつぶれてしまいます!」という真顔の主張を見てびっくりしました。

 

そりゃつぶれるでしょう。そうでしょう。

他の物に取って代わられたものは、必要がなくなり、なくなるに決まっているのです。

 

でも、こうして、徐々に廃れつつあるのが誰の目にも明らかな業界を、なぜ税金をかけて延命しなければならないのでしょうか?

 

19世紀末のロンドンで辻馬車の御者をしていた人は、その数十年後に辻馬車が全て自動車に取って代わられると予想していたでしょうか?

40年前、VHS・ベータ戦争をしていたとき、ビデオデッキがなくなる日が来ると思っていた人が果たしていたでしょうか?

 

技術の進歩とともに、我々の生活の利便性もあがる、こんな喜ばしいことはないのに、なぜ、自分の業界だけは特別だと思うのか、この思考回路が私には謎です。

 

50年後にロボットに取って代わられる仕事なんていう煽り記事がWeb上で見れることがありますが、私が今関わっている仕事も、50年どころか、10年後、20年後にあるかどうか分かりません。

でも、今から10年後、20年後に食べていけるスキルを身につけることは可能ですし、その10年、20年の間に少しずつ軌道修正していけば、50年後も食べていける状態を保っていられると思います。

 

印鑑業界で働いている人が何人いるのか分かりませんが、業界に見切りをつけ、他の分野に挑戦しようという人がいれば、昨今の人手不足解消に一躍買うかも知れません。

 

コメント

  1. […] 古のハンコは「漢委奴国王印」と言い、、、、という、日本のハンコ社会に対するボケは別の機会に毒づきたいので止めておきますが、長く文化として培われたものはなかなか廃れない […]

タイトルとURLをコピーしました