金庸『射鵰英雄伝』からアンジャッシュコントが見れるようになる

書評

すこし前に、金庸の『碧血剣』『雪山飛狐』を紹介しましたが、今日紹介するのはその次に書かれ、金庸の評価を確立させたと言っても過言ではない、『射雕英雄伝』です。

 

早速見ていきましょう。

 

『射雕英雄伝』あらすじ おいしいとこ取り

 

金庸のストーリーラインは分かり易いのでまとめ辛いことはないのですが、それよりも初読の時の驚きとワクワク感・ハラハラ感を味わっていただきたいので、ここではネタバレ無しでいきます。

 

時は13世紀初頭、金と、金によって南に追いやられた宋(南宋)の間で争いが続き、一方、北方にモンゴルが台頭し、金と南宋を脅かしつつある時代。

そんな激動の時代に、生まれたときから夫婦か義兄弟となることが運命つけられた二人の若者郭靖(かくせい)と楊康(ようこう)。モンゴルで育った郭靖が成長していく姿を、金の王子として育てられた楊康の転落と対照的に描いています。

 

金庸作品の特徴として、登場人物に様々な秘密や背景を持たせ、それが明かされていく様は見どころの一つです。この作品は文庫本全5巻の大作だけあって、忘れたころに初期の重要な設定の背景が明かされたりします。

 

  • 郭靖と楊康の父、郭嘯天(かく しょうてん)と楊鉄心(よう てっしん)はなぜ突然捕らえられることになったのか
  • 郭靖と楊康の本当の仇は誰なのか
  • 江南七怪はどうやって郭靖を見つけ出すのか
  • 愚鈍と言われる郭靖がいかに武芸の達人となるのか
  • 郭靖に内功を教えたのは誰か
  • 全真教の元にあったはずの「九陰真経」が黄薬師のところにあったのはなぜか
  • 黄薬師が出す黄蓉婿取りの難題に郭靖はどうやって欧陽克(おうよう こく)に対するのか
  • 岳飛の遺書はどこに隠されているのか
  • 漁・樵・耕・読の4人はなぜ南帝に会おうとする郭靖と黄蓉の邪魔をするのか
  • 劉貴妃の子供を殺したのは誰か。なぜ殺したのか
  • 裘千仞(きゅう せんじん)が異常に強いときとポンコツのときがあるのはなぜか
  • 江南七怪に襲い掛かった悲劇は本当に黄薬師の仕業なのか
  • 黄蓉はどうやって欧陽鋒(おうよう ほう)から逃げるのか
  • 郭靖はコジンとの結婚を断れるのか
  • 第二回崋山論剣で天下五絶に選ばれるのは誰か

 

ネタバレを避けるために、これでもかなり端折ったりぼかして書いています。ただ、主人公の成長や登場人物間に生じる誤解による展開を中心に書かれているため、『碧血剣』に比べると展開のジェットコースターぶりは抑え目と言えます。

 

『射雕英雄伝』キャラクターの魅力

 

前作『雪山飛狐』のキャラクター造形がひどかった反省を生かしてなのかどうかは分かりませんが、本作は大量の登場人物のキャラクターがまさに色とりどりで魅力的に描かれています。

 

金庸の特徴である、話のスピード感、展開のジェットコースターという点は、『碧血剣』より抑え目になっている分、金庸のもう一つの大きな特徴、キャラクターの多種多様の魅力はこの作品から発揮され始めたと言えます。

 

主人公とヒロインについては後で触れますのでここではおいておきますが、この作品のキャラクターの魅力はむしろ多様な脇役にあります。

 

郭靖の最初の武芸の師匠として出てくる江南七怪は、7人全員に全く違う色付けがされており、目が見えないとか、乗馬が上手いとか、スリの名手とか、色々ありますが、それぞれの特徴がストーリーに絡んでおり、このキャラ付けを展開に絡めるストーリー設計の上手さには脱帽です。

 

ヒロイン黄蓉の父 黄薬師は武芸の達人で知恵者だが偏屈という性格付けがされており、個人的にはこの作品では私はこの人が一番好きなのですが、さまざまな思い込みや思惑で事態を複雑にし、話を進める上での重要キャラクターです。

 

悪役 欧陽鋒は登場は遅めですが、とにかく強く、登場からの存在感はハンパではありません。強い上に悪知恵が働くという厄介な悪役ですが、約束は守るという妙に義理堅いところもあり、ひたすら「九陰真経」入手に執念を燃やすという一途なところもあります。

 

乞食の王様 洪七公は、反対する人の多かった郭靖と黄蓉の仲を最初から応援してくれ、偏屈オヤジの説得にわざわざ足を運んでくれるという貴重な人物です。乞食なのに美食家で、黄蓉の料理食べたさに郭靖に武芸を教えてくれるお茶目なところもあるほか、宮廷料理に詳しかったりと謎の人物でもあります。

 

他にも周伯通、梅超風、丘処機、瑛姑などなど、キリがないのでもう止めますが、各登場人物に色々と濃い味付けがされるようになったのがこの作品からだと思います。

 

『射雕英雄伝』ツッコミどころ

 

アンジャッシュ的コントで話が進む

 

『射雕英雄伝』以降の金庸作品でよく使われるようになった展開手法がアンジャッシュコントです。

 

ちょっとした言葉の取違い、状況の誤解から、以降、話が互いに誤解されたまま進み、事態がさらに悪化していきます。誤解はだいたいどこかで解けるのですが、郭靖が口下手だったり、黄薬師がプライド高くて弁解をしないなどの性格も相まって、誤解が解けるまでの展開にハラハラさせられ、寝食を忘れてつい読みふけってしまうのが金庸作品の中毒性要素の一つです。

 

誤解のパターンとして一番多いのは、誰かが殺されたことにされる、もしくは、誰かを殺した人を誤解する、です。

郭靖も江南七怪の一方的な思い込みによる誤解から、師匠に殺されそうになっていましたしね。

 

一番死んだことになっている回数が多いのは黄蓉で、郭靖はアホなので黄蓉が死んだと聞いて信じるのはいいとして、知恵者と評判の黄薬師が、娘に会ったこともなく自らも初対面の人に言われてあっさり信じるのは、この人本当に頭良い設定なんでしょうか?

 

その点、黄蓉は父が殺されたと聞いて最初は絶望するものの、すぐに「こいつの言うことは信用ならない」と気づき、事なきを得ています。娘の方が頭が回るような気がします。

 

金庸の主人公の中でも郭靖は特に頭が悪く優柔不断

 

主人公 郭靖は、金庸の主人公らしく、武芸が強く(物語が進むにつれてだんだん強くなり)、義に厚く、情も深く、ストイックという性格付けがされています。一方、かなり頭が悪く、ぼんやりしている描写も多く見受けられます。

 

ヒロイン黄蓉はそんな郭靖の欠点を補うため、かなり賢いキャラに設定されており、父親は当代きっての知識人で知恵者、母親も意味不明な長文を2回読んだだけで暗記してしまうほどの頭の良さで、娘はその両方の良いところを継いだということになっています。実際、5巻の江南七怪との絡みのところでは、コナン君ばりの推理力を発揮し、父親の濡れ衣を晴らしています。

 

そんな頭の良い黄蓉が郭靖に好意を持つわけですが、なぜ途中で捨てなかったのかが私には結構謎です。登場当初の郭靖は、確かに誠実で優しく、頭が悪いとはいえ武芸が強いためサバイバル能力は高いと考えられ、この激動の時代に旦那にもつには最適な気がします。

 

が、モンゴル時代に婚約したカーンの娘コジンとの婚約破棄をなかなか言い出せず、黄蓉に入れ知恵してもらっても言えず、さすがに黄蓉も怒って飛び出すわけですが、今の感覚ではこの辺で本気で捨てられるのではないでしょうか。黄蓉も意外とだめんず好きの素養があるようです。

 

人の話を聞かない人たち

 

郭靖がやたら口下手なせいもあり、主に郭靖の話は聞いてもらえない傾向が強いようです。また、瞬間湯沸かし器並みにあっという間に沸点に達する人が多く、一方的な思い込みで弁解する間も与えずに攻撃してくることも多いため、口下手は時に命に関わります

 

黄蓉も欧陽克と無理矢理結婚させられそうになったとき、聡明な彼女に似ず、いい齢こいて父親相手に駄々をこねていましたが、父親がこんなに話を聞かない人だと、いくら頭が良くても他にできることはないだろうなと思います。

その結果、娘に何度も家出され、必死に探し回った結果、しまいには娘が死んだと聞かされるなど、お父さんは心労で倒れるレベルだと思うのですが、全く反省せず態度を改めないのが黄薬師のすごいところです。

 

みなさん、もう少し人の話を聞いたらいかがでしょうか

 

楊康の孝心

 

楊康は宋の漢人の父母の間に生まれたものの、金国王の下で王子として育てられます。しかし、楊康は金国王を仇として認識しながらも、自分を育ててくれた金国王を殺すことが出来ず、最終的には宋を裏切った売国奴と言われるようになってしまいます。

 

日本人的感覚では、生みの親の敵国とは言え、自分をかわいがって育ててくれた養父を殺せず、顔も知らない生みの父より育ての父を取るのは当然じゃないかという気がするのですが、中国人の感覚では違うのでしょうか?

 

と疑問に思ったので、何人か中国人の友達に聞いてみました。

 

彼らの意見を総合すると、「中国人にとって一番大事なことは、親への孝心であり、ここで言う親とは、生みの親、育ての親どちらも意味する。楊康のように、両方への孝心の板挟みになる状況は悲劇としか言いようがなく、どちらか一方についた時点で必ずもう一方から非難される。それを避けるためには、どちらにもつかずに自殺でもするしかない」ということでした(ただし、自殺も親への不孝)。

 

実際、本文中では可愛がってくれた養父への恩以外に、王子としての富貴の身分を捨てられないという面も強調されており、孝心よりもっと俗っぽい理由で売国奴の汚名を着せようとしている金庸の苦労の後が読み取れます。

 

自分に目をかけてくれたジンギスカーンへの恩義を感じつつ、カーンの残虐ぶりに疑問を抱き、最後は母への孝心からモンゴルを捨てる郭靖とは好対照です。

 

『射雕英雄伝』まとめ

 

というわけで、『射雕英雄伝』いかがでしたでしょうか。

 

金庸の評価が確立した大作であると共に、彼の作風もだいぶ定まってきた作品であると思います。特にキャラクターの魅力はこの作品で一気に開花した感があります。

 

続編の『神鵰剣俠』も『射雕英雄伝』からの展開が引き継がれていますので、この2作は是非通しで堪能ください。

 

 

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コメント

  1. […] 金庸は、この次の大作『射雕英雄伝』から特定の時代を背景とし、実在の人物も登場させるものの、話の軸足は創作部分に大きく寄せるようになりました。金庸の評価は『射雕英雄伝』 […]

  2. […] もう一つあるかなと思っているのが、この次の作品『射雕英雄伝』を思いついて、早く書きたくなって、連載中の案件を巻いていったか。 […]

  3. […] 金庸『射鵰英雄伝』からアンジャッシュコントが見れるようになる | しろやぎブログ より: 2018年12月2日 12:48 AM […]

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